
学生野球未経験。けれど、40代でなお、生き甲斐、野球。なぜこんなにも野球が好きなのだろう。
リスペクトの意を表して、それをあえて趣味とは言わない。世間では、大人が趣味でやる軟式野球を「草野球」と呼ぶが、愛すべき野球に「草」をつけて呼ぶことにかすかな逡巡がある。
週末ともなれば白いボールを追いかけることに夢中になる。少年野球のキャリアさえない俺が学生野球の経験者に混じれば、まずいプレーで恥をかくことも多々ある・・・にも関わらずだ。
少年時代を都心で過ごした。俺たちのグラウンドは、団地の隙間の路上だった。わずかな人数でキャッチ・ボールやトス・バッティングを楽しむ行為を野球と呼んでよいのか?とも思うのだが、ある時、野球大国キューバの子供たちが路上で野球に興じる姿をテレビで見てシンパシーを覚えた。彼らもまた、きれいな土のグラウンドでプレーすることを夢見ながら、街角のちょっとした空き地で、そして薄汚い路地裏で夢中でボールを追っていた。あの頃の俺のように。
そして今。少年時代には憧れてもたどり着けなかった「ちゃんとした」グラウンドでプレーができる。これを至福と呼ばずして、何が至福か? あの頃は団地の窓ガラスを割るのが怖くて打てなかった軟球を思い切り打てるのだ。40代の俺を立たせてくれるグラウンドは、たとえ整備が行き届かず雑草が生えていようが、俺にとっての聖地だ。
野球をすることは、生きること。つくづくそう思う。
試合開始直後のボールは白く汚れないもの。けれど、不条理な人生のごとく、それはなかなか意のままにはなってはくれない。それでもお互いの素性さえ詳しくは知らない8人のチーム・メイトと力を合わせて勝利をつかむことは、ひとつの祝祭なのだ。たとえ、それが名もなきアマチュアの1試合であっても、ワールドシリーズの優勝決定戦に価値が劣るものではない。
フィールドに立つプレイヤーたちが、そのボールを真剣に追いかける限りは。
No Guts, No Baseball.
1アウトを取ることに、1球を打ち砕くことにガッツを込めよう。
No Baseball, No Life.
命ある限り、白球を追いかけよう。
そして、今夜も素振りをしよう。真夜中過ぎのストリートで。
Thank you, Baseball!
この聖なるスポーツを死ぬまで愛したい。(吉里 爽)